伊都国

伊都国の歴史
福岡の歴史と観光

伊都国は、女王国だった


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伊都国の歴史


伊都国は、奴国と同じ頃できた古代国家と

思われます。

伊都国は、現在の前原市を含む、

糸島地区全体のことだと思われます。

中でも、曽根遺跡群にある平原遺跡からは貴重な

埋蔵品が発掘されました。

中でも目を引くのが、直径46,5pの内行花文鏡は、

2006年国宝に指定されました。

現在、前原市の伊都歴史博物館に展示してあります。

国宝に認定されたので、是非写真撮らせて下さいと

お願いしたら、フラッシュの影響で、

変色の可能性があるからと断られたのが、

残念でなりません。

(展示品の照明も少し落としてありました)

そこまで厳重に管理されてる、係員の方は立派で、

その精神には頭が下がります。

伊都国は、魏志倭人伝にも出てきます。翻訳すると、

「魏の使者が朝鮮の帯方郡(現在の平壌付近)を,

出発して、

対馬、一支(壱岐)、末廬、伊都に至って、常に留まり、

奴、不弥、投馬の国々を経て邪馬台国に到着する」と

書いてあります。

では邪馬台国がどこにあったのかと言う論争が、

魏志倭人伝の方位、日数、距離などから、

いろんな説が

江戸時代から出ていて、未だ決着が付いてないのが

、実情です。

畿内説、大和説、九州説(福岡、佐賀、熊本、長崎、

大分が名乗りをあげている)

対馬から、一支、末廬、伊都、奴までは、

本と一致するが、伊都国に関しては、

「末廬より東南500里で伊都国に至る・千戸余り、

代々王あり女王国に属す、

郡使往来常に駐する所」とある。

女王国、すなわち女王=卑弥呼に結びつけ、

伊都国が邪馬台国と言う説が出たのでしょう?

でも、邪馬台国は戸数、七万余りとあるのに対し、

伊都国は千戸余りとある。

この時点で伊都国の邪馬台国説は、

くずれることになる。

でも、伊都国に女王が住んでいたのは、

否定できない。

その証が、三雲、平原遺跡から発掘された、

日本最大の銅鏡、これまた最大のかめ棺、

刀剣、勾玉、日本唯一のガラス細工。

など多数発掘されてますので、

邪馬台国説が生まれたのでしょう。



平原遺跡


直径46,5pの内行花文鏡(国宝)


日本最大の、かめ棺


写真は、伊都歴史資料館より、お借りしました。


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