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博多の遺跡群
ここでは、博多の遺跡を紹介しています。
博多は、歴史の宝庫でもあります。
博多を含む、福岡市には遺跡や古墳が非常に多い。
板付、金隈、那珂、比恵、多々良込田、野多目、野方、
吉武、金隈、有田、藤崎などの各遺跡と
丸隈山古墳、鋤崎古墳、今宿大塚古墳など沢山あります。
100万都市で、これだけの遺跡があるのは珍しいことです。
大和朝廷が出来る以前から、一大国家があったから、
当然と言えば当然です。
博多は昔、那ノ津または那の國と呼ばれてました。
日本人の祖である倭人は、狩猟や果実・野草の採集などで、
生活していました。
後の調査で、解ったことですが、縄文時代末期には,
稲作が行われてたようです。
福岡市教育委員会の調査で、高度な技術を整えた水田跡が、
板付遺跡(福岡市博多区板付・福岡空港付近です)で、
発見されてます。
同じ博多区の那珂遺跡では環溝が発見され、
西区吉武遺跡では、その国を治めた首長クラスの人の墓地も
見つかっています。
「楽浪海中、倭人有り、分かれて百余国と為る。
歳事を以て来り、献見すと云う」
これは漢書の一節で、古代日本を知る最高の資料です。
この頃の那国(博多区)や伊都国(現、前原市)は
朝鮮半島からの中国文化が、日本で最初に伝来した地です。
上記でも、述べました稲作文化も、
福岡県が日本発祥の地です。
また、那国や伊都国は、金属器と農業技術を持った
巨大、政治国家でもあったようです。
これらの国が栄えたのは、紀元前150〜100年のことです。
中国では、三国志時代が終わり、漢が出来た頃と思って下さい。
私も、三国志には興味ありますが、
あまりにも奥が深すぎますので、
あえて、ここでは述べません。
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板付遺跡 |

金隈遺跡 |
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